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ひとくちメモ


卓袱台「チャブダイ」


族を端的に表現するものが食卓風景だろう。古くから、先ず父親が家長であり一番上座に座り、次が母親が向かい合い、子供達がそれを取り囲む。

大家族なら祖父母もいて、にぎやかな食事が進む。人間にとって「食べる」ということは、空腹を満たすだけの欲望行為ではない。顔を見合わせて話しをする。今で言う情報交換の場でもあった。

親は子供の勉強や健康を気遣い、時にはお説教をするだろ。食べ盛り時期は兄弟負けず競争心をあおり、ご飯のお代わりもする。

昔、食卓を卓袱台と呼んだ。卓袱とは食事の中国語の表現だが、折り畳みの短い四足の食事用机である。円形の物が多かった。

ご飯どきになると、一旦片づけてあったものを転がしてきて組み立てるのが子供たちの手伝いであった。きちんと正座をして食卓に着き、行儀よく食事をとる。

食事そのものは麦飯に一汁一菜、小魚干し1匹がせいぜいで極めて粗末だった。 しかし、家族揃った食事は幸福感に満ちていた。

それが今、食卓は、空洞化している。しかし献立は豊かなのに会話がない。

これは少子化や核家族とは別問題だろう。家族全員が揃って食事をしたいが みんな忙しくて時間が合わない。

大人は早出勤、残業なら、子供は部活、朝練、塾通い。作る母親もパートかグループ集会で、後片付けの都合もあって、各自勝手に済ませるようになった。

家族生活のリズムが変わった。一家揃って食事をとる家族団らんの良き時代ではなくなった。情緒豊かな社会生活は望めそうもない。 

=1999/03=


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